魅惑のお城巡り
父親に付き合い城巡り。
山家城址の碑。

城跡には急な階段を登っていく。
鳥居をくぐり、さらに雑木の生い茂った山の中を歩くこと15分で目的の城跡に到着した。
あぁ・・・なんという見事な・・・城跡・・・
素晴らしい。
感動して涙が出てきた。
どっからどう見ても見事な二の丸です。本当にありがとうございました。
父親:「よし。じゃあ次。」
僕もこれ以上ないほど見事な二の丸を心から堪能できて満足した。
綾部城跡。
幼稚園の脇に看板が立っていた。
「え・・・?で、城跡の本体はどこ?」と思われるかもしれないが、
ありませんよ。そんなもの。
これが目的地です。
「え?碑が立ってるだけなの?」
と思われるかもしれないが、碑が立っているのはまだましな方で、猿や猪が出そうな急峻な山道を30分以上歩き続けてようやく目的地に着いたと思ったら、何もないことなどザラ。
なんだこりゃ。ただの山じゃねぇか。
むしろ碑が立っているとホッとする。
猪崎城跡の碑。
弓木城跡の碑。
うちの父親は城という建造物を見て回っているのではなく、「そこに城があった」という歴史的事実を巡っているのである。
もちろん一目見て「城」とわかるような建造物自体も好きである。
たとえ建物が何もなくても、よく見てみると意外に面白いもので、例えば最初に出てきた山家城址。
写真だと分かりにくいが、山の尾根が一部分すっぽりと削り取られている。
これは戦国自体にこの山を要塞化する際、尾根の一部を堀切といって工事した跡だという。
尾根の一部分に明確な段差を付けることで尾根沿いに突撃してくる敵の勢いを削ぐ効果があったそうだ。
また、「なんでこんなちっぽけな山の上を砦にしたの?」と思うような場所でも、山の上から眺めてみると、眼下に街道が一目に見渡せたりする。
細長い街道を軍隊が行軍する際、それが何万もの大群だったとしても、どうしても縦列陣形にならざるを得ない。
もしこの山の上から街道上を行軍する部隊を見つけることが出来れば、縦列部隊を横から突くことができるかもしれない。
縦に長く伸びた行軍は本隊がどんなに大軍だったとしても、横から奇襲攻撃を受けて部隊が分断されれば大混乱に陥り、少数精鋭の部隊でも大戦果が期待できる。
無論実際には相手も想定済みなので、「あっちがあの山を砦にするなら、こっちもこの山を・・・」といった具合に良さそうな場所はことごとく要塞化されている。
そして「あの砦を攻略するためにはここに陣を作って・・・」という風に無限に戦略が広がっていくため、平成の世になってからその史跡をめぐる側は大変である。
ちなみに現在父親は1,800をこえる城跡を訪問済みであるが、日本全国にいわゆる城跡(戦国時代の戦略的拠点のうちで、そこにあったことが後世に伝えられているもの)は2,0000以上あるそうだ。
特に滋賀県・三重県・愛知県・岐阜県などは関ヶ原を中心にそういう戦略的拠点がそれこそ無数にあり、興味はつきない。そうやっていろいろ考えながら城を見ていると、確かに面白いかもしれない。
僕は虫の方が好きだけど。
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