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なぜ本屋に行くとウンコしたくなるのかという謎

大学に入学するとき初めて松山に来て、一番知りたかったのはこの街に大きな本屋さんがあるかどうかだ。

幸い松山には市駅の近くに比較的大きな店舗の紀伊國屋書店があった。

その紀伊國屋書店が昨年閉店になり、新しくジュンク堂書店になった。

ジュンク堂書店になってから、買う本の量が目に見えて減ってしまった。

はっきり言って今のジュンク堂書店には魅力がない。

昔の紀伊國屋書店の方が、僕はずっと好きだった。

ジュンク堂書店になって本の品揃えが格段によくなった。

そもそも品揃えの悪い書店ほど興をそがれるものはない。

品揃えの良い大きな書店というのは本屋としてはそれだけで十分すぎるほど魅力的だ。

広い店内にあらゆるジャンルのあらゆる本がところ狭しと整然と分類されて並んでいる様は見ているだけで気持ちがいいものだ。

書店というのは扱う商品の性質上、差別化のはかりにくい商売ではあるが、「品揃え」というのは素人でも考えつく最大のアピールポイントだろう。

紀伊國屋書店が閉店の運びとなり、新しくジュンク堂書店になって品揃えが圧倒的に良くなった。

これは間違いない。

2階の半分を占めていた漫画コーナーと5階の全フロアにあったDVDコーナーがなくなり、その分他の本を置くスペースが増えた。

一つ一つの本棚も背が高くなり、それこそ天井近くまで本が並んでいる。

その分通路が狭くなり、窮屈になった印象はあるが、一フロアあたりの本棚の数も紀伊國屋書店に比べて増えたように思う。

にも関わらず、ジュンク堂書店に、以前紀伊國屋書店だったときにあまりにも当たり前に存在していた、本を買う気にさせる何かを感じないのはなぜだろうか。


もう今の時代、街の書店にとって「品揃え」を重要視する必要性が以前に比べて薄くなったのではないかと僕は思っている。

先に述べたように、本を買いに来た顧客にとって求めている本が実際にそこにあること、もしくは「あそこならきっとあるだろう」・「あるかもしれない」という、一種の安心感・期待感を提供してくれるような豊富な品揃えは、書店にとってずっと求め続けられてきたものだ。

しかし、ここにきて時代は大きく変わった。

ついこの10年で、品揃えを求め、扱っている商品数が豊富な大型書店に足を運ぶ必要はなくなった。

理由は言わなくてもわかるだろう。

Amazonがあるからだ。

欲しい本があったら検索し、Amazonで頼めばいい。

四国の片田舎でも午前中に注文すれば次の日の夕方には欲しかったあらゆる本が手元に届くだろう。

Amazonに品揃えで勝負を挑むのはやめた方がいいことは誰にでもすぐにわかる。

Amazonが倉庫だからだ。

Amazonは倉庫だが、町の本屋さんはもう倉庫ではいけない。

ロングテール理論を利用して膨大な量の薄利少売を積み重ねることで利益を出せるのは、圧倒的な品揃えを常時低コストで維持できる倉庫だけだ。

倉庫は本屋さんではない。

街の本屋さんに品揃えを求める時代は、もう終わったのかもしれない。

これまでは

『欲しい本がある』→『本屋さんに行く』→『買う』

だったのが、

『欲しい本がある』→『Amazonで注文する』

になってしまった。

なってしまったことを今更兎や角言っても仕方がない。

これからは、

『欲しい本がない』→『本屋さんに行く』→『買うかもしれないし、買わないかもしれない』

を実現させるような書店にならないといけない。

品揃えではまるで歯が立たないAmazonに、街の書店が敢然と立ち向かえるポイントがここにある。

Amazonは欲しい本がなければ買えないという致命的な弱点があるからだ(もちろんAmazonは欲しい本がなくても買えるようにいろいろな工夫をしているが、幸いどれもうまく機能していないし、これからも機能しないだろう)。

Amazonと「注文してから届くまでのタイムラグ」で勝負しようとしたり、間違っても「値段」で勝負しようとしたら、街の書店は確実に絶滅する。

これから街の書店が生きていこうと思ったら「欲しい本がないというお客さんに、いかに無理やり本を買わせるか」の勝負になる気がする。

ジュンク堂書店になってから「無駄な本」を無理やり買わされるということがまったくなくなった。

お財布には優しいが、その代わり紀伊國屋書店だったら出会えていたかもしれない最高傑作と出会う機会を失ってしまっていると思う。

無理やり欲しくもない本を買わされたお客さんが、「買ってよかった」と思うか「買わなきゃよかった」と思うかは読者の評価としての結果であり、その本の著者の責任なので本屋さんにとっては知った事ではない。

ただその書店に行かなければ絶対に手にとることもなかった本と出会え、良いにしろ悪いにしろ評価する機会を提供してあげられたとしたら、きっと街の書店はAmazonと共存していけるだろう。




今のジュンク堂書店は、倉庫にしか見えない。

だから僕は欲しい本がないとお店に行けないし、欲しい本があるならAmazonで買う。

倉庫ならAmazonの方がずっと大きい。



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コメント

ウンコがしたくなる謎を解明するのかと思ったのに・・・。

話は変わるけど、
ひも付き遠征は気が重いかい?気にするほどの援助額ではないのですが・・・。

投稿: KAGE | 2010年12月25日 (土) 09時41分

すみません。何だか老人に振り込め詐欺をするようで悩んでしまい、返事が遅くなってしまいました。今ちょっと広島にいるのでまたメールします。

投稿: たきぽろりん | 2010年12月25日 (土) 15時09分

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