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岡田正哉さんの訃報

吉富先生から名古屋の岡田正哉さんの訃報を聞いた。

岡田さんと初めてお会いしたのは僕がまだ小学校5年生の時。

親と一緒に本山のものすごい坂道の上にある名古屋昆虫館に採集用具と標本作製の道具を買いに行った。

本格的な昆虫採集の道具を手に入れたのはそれが初めてだった。

その時買ったものは今だに覚えている。

傾斜付きの展翅板(大・中)と展足板(コルク板が敷いてあるやつ)、標本針と展翅テープ、それからネットとスプリング枠とジュラルミン製の柄。展足板はコルクが劣化してしまったので捨ててしまったが、展翅版は今だに持っている。ジュラルミンの柄もたぶんラオスの若原事務所で活躍しているはず。

初めてお会いした岡田さんはとても物静かな方で、小学生の僕は「・・・このおっさん、なんでこんなに不機嫌なんだろう・・・何か気に障ることでもしたのかなあ」と不安になった。

ただスプリング枠を八の字にねじって畳む方法を実演して見せてくれ、大きな金属の枠がすっぽりとカバンに収まるサイズに縮んだのを見てとても感動したのを覚えている。僕は昔からすごく不器用で、スプリング枠を上手に畳めなかったが、岡田さんは「そうじゃない。こうだ」と何度も不機嫌そうに教えてくれた。アレ、子どもがやるにはバインッて弾きそうで怖いんだよ。

その後も何度かお会いするうちに岡田さんは別に怒っているわけでも不機嫌なわけでもなく、もともとそういう雰囲気の人なんだということに気がついた。聞けば何でも細かく教えてくれるし(岡田さんは虫のことなら何でも詳しい)、いつ訪ねても相変わらず無口だったが得体の知れない小学生(の時もあったし、中学生だった時もあるし、高校生だった時もあるし、大学生だった時もある)を一人の虫屋として丁寧に相手をしてくれた。本当にいつでも、何時まででも相手をしてくれた(ただやっぱり不機嫌そうだった)。ナナフシの話をするときは普段よりは20パーセントくらい饒舌になっていた。

初めて愛媛大学の話をしてくれたのも岡田さんだった。

僕はまだ高校生だったが、何でも愛媛大学の昆虫学研究室にはバッタの研究をしている人がいて、その人は日本全国のバッタの声を録音してまわっているそうだ。

世の中には変わったことをしている人がいるんだなぁと思った。

岡田さんのところでいろいろな人に出会った。岡田さんのところにいるといろいろな人が訪ねてくる。お客さんとして来る人もいれば、ただしゃべりに来る人もいた。

当時名城大学でタマムシの研究をしているという人にもそこで初めて会った(なんか体の大きな人だった)。

あの作業用エプロン姿で事務デスクに向かっている岡田さんが懐かしい。

ご冥福をお祈りします。





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